ランニングの樂しさについて

今日の櫻島の写真は、朝のランニングを終えた直後に撮影したものです。

最近、ランニングを本格的に再開しました。

iPhoneのアプリを使って、走った軌跡を記録することも同時に再開しました。

日頃から、散歩中に歩いたり走ったりと、

軽く走ることはしていましたが、

意識して『走る』『ランニングを實踐する』

そして『記録する』

ということは、半年ほどお休みしてました。

1年閒毎日、2キロ以上走ることを自分に課して實踐したことも、今まで2囘ありました。

今では『毎日走る』ことを自分に課すようなことはしていません。

體力をつけるためとか、

健康のためとか、

良い書を書くために走るとか、

毎日継續した軌跡を殘すために走るとか、

走った後の樂しみを期待して走る、

とかではなく、

『走ることそのものを樂しむ』

ということを大切にしています。

今までも『走ることそのもの』の樂しさは、それなりに見出せていたのですが、

より結果を期待しなくなりました。

走りたいから走る。

走りたい氣持ちが自然に湧き上がったから走る。

何かを期待して實踐しても、

なかなか續かないです。

走ること自體を樂しむ。

このことが腑に落ちたのも、子どもの頃から今までの、すべての経験があってこそでした。

途上でも、とにかく、この體を使って、實踐したこと自體が尊いんですね。

これはランニングに限ったことではありません。

他の實踐も同じです。

すべての實踐に繋がります。

結果より、實踐していること自體を樂しむ。

それは、大変なこと、困難なことがあっても、

うれしい。樂しい。しあわせ。

ありがとうございます。