『武』は「たたかい」を「止める」と書く

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鹿児島の書家 テツロウハナサカです。

いつもありがとうございます。

8時6分、今朝の重富海水浴場からの様子です。

昨日より櫻島に積もっている雪が減っているように感じました。

 

 

昨年の6月8日、池田整治さんの講演会で歌を歌わせていただく機会に恵まれました。

この日にパートナーのお母さんが講演会で買われた本をパートナーが借りてきていたので、わたしも読ませていただいております。

 

人類の幸せの原点『ヤマトごころ、復活!』

池田整治 福田純子

 

池田整治さんのサインも入っておりました。

 

まだ読ませていただいている途中ですが、興味深いことが書かれておりましたので、シェアさせていただきます。

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(池田)

武道についてはみなさん勘違いしているところがありますね。柔道などがオリンピック競技になり、試合で金メダルをとってどうのこうの、とやっているから、みんなあれが武道だと思っています。極めつけは、興行的に一番人が集まるからといって、空手でものや人を叩いたりすることです。そういう空手をテレビでやったりするのは、単に売れるからだけであって、本物は違います。


「武」という字は「たたかい」を止めると書きます。

つまり本当の武道は戦いを止める道なんですね。ですから一番いいのは戦わないことです。

(福田)

戦いの「戦」の旧漢字も「戰」と書きますね。

それは田んぼと田んぼを交わす田田交(たたか)いという意味なのですね。

この田んぼというのは、お互いの心の世界観を表します。ですから「戰い」とはお互いの世界観を交し合って、協奏曲を奏でることなのです。
そうやって、土俵の違いがあろうとなかろうと、すべて交わしていけばいいのですね。そうすればもっと大きな土俵ができて、みんな同じ土俵の中で生きられるのです。

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転載以上

 

『武』という漢字も

『戰』という漢字も

このような意味があったんですね。

知らなかったです。

小林正観さんの本『無敵の生きかた みんなが味方になる』を思い出しました。
 

〜無敵とは、敵がいないこと。無敵とは、闘わないこと。無敵とは、受け入れること。すべてを受け入れることで、楽に生きられるのです〜

(Amazonの「BOOK」データベースより)

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老子の言葉にも

不争

という言葉がありました。

 

争わず、仲良く生きていきたいです。

 

 

 

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今日もお陰さまです。

ありがとうございます。

 

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