商店街で育ち、大人になった

今日は雨の一日になりました。

夕方、妻とシロといっしょに車で出かけました。

この後、お買い物をして帰りました。

 

わたしは子どもの頃、穎娃町の石垣商店街で育ちました。

父が自宅で商賣をしていたので、いつもお客さんが訪れてくるような、にぎやかな環境でした。

子どもの時の、商店街での人との盛んな交流が、

今のわたしに大きな影響を与えているのだなと、今になって想います。

大好きな映画『男はつらいよ』に出てくる「とらや」に多少似ている環境だったように想います。

なので、わたしは『男はつらいよ』を観るとなんだかホッとします。

『男はつらいよ』は、

《第34作 寅次郎真実一路》

の時に石垣商店街で撮影を行っているんです。

その時のことは今でもよく覺えていて、

渥美清さんが撮影の時に立ち寄られたのか、

親戚のおじさんの家で撮影した記念写真がありました。

この撮影の後、うちに渥美清さんのサインが飾られていたことも覺えています。

今でも『男はつらいよ』はわたしにとって特別な映画です。

 

わたしは商店街で育ち、大人になりました。

おかげさまで、今年44歳になりますが、

新しい流れが生まれており、ワクワクしています。

 

 

重富の『剣の平』

昨日、うちの近くにある山『剣の平』について書きましたが、今朝、久しぶりに剣の平を重富漁港から撮影しました。

現在暮らしている『梅山』集落はこの剣の平の麓になるので、いつも身近に感じている山です。

剣の平が梅山に、澄んだ空氣をもたらしてくれていますし、剣の平の方からエネルギーを感じることもあります。

うちの近所には鹿児島でもっとも古い焼酎會社『白金酒造』があります。

白金酒造
http://www.shirakane.jp

『焼酎造りは水と空氣と原料がいのち』と白金酒造のホームページに書かれていますが、

この辺りは、昔から良い水が確保できる場所だったのだろうと想います。

私たち家族も多分『白金酒造』と同じ水(井戸水)で暮らしております。

今の家に暮らし始めて1年半ほどになり、

天然水で暮らしていることがすっかり日常になりましたが、

あたらめて、本当にありがたいことだと想いました。

ちなみに子どもの頃に、故郷の穎娃町でいつも身近に感じでいた山は『開聞岳』でした。

現在は『剣の平』と『櫻島』です。

今夜観たNHK大河ドラマ『西郷どん』も櫻島が印象的でした。

山はいいなー。

山はわたしたちに、たくさんの豐かさをもたらしてくれますね。

ありがとうございます。

 

 

梅山の朝日

今日はさわやかな朝でした。

シロと散歩しながら、大隅半島の方から出た、美しい朝日に感動しました。

現在、暮らしている『梅山』集落は西の方に『剣の平』と呼ばれる山が近くにあるので、夕日が沈むのが早く、暗くなるのも早いです。

冬は特に早いです。

2002年から10年ほど暮らした穎娃町の虹のアトリエは、逆に夕日がきれいに見えるところでした。

こんな経験をしているので、同じ鹿児島でも近くに山があることで、生活環境がこんなにも違うんだなと想いました。

暮らし始めて氣づいたことの一つです。

穎娃町に比べて梅山は一年を通して、湿氣も少ないです。

洗濯をした服を外で乾かすと、違いがよくわかりました。

また、梅山は朝日が、とても美しいところで、

快晴の日などは、とても明るく感じる場所です。

基本的に、朝起きスタイルのわたしに合っている場所に導かれたのだなと想っています。

ありがたいです。

 
 

今日は妻と昨年の11月、姶良市にオープンした『WellBe Club』に初めて行ってきました。

WellBe Club
https://wellbeclub.com

今日は見學だけだったのですが、温泉は「源泉かけ流し」のことで、いつかゆっくり入りに來たいと想いました。

 

 

『第3囘 めんめいろマルシェ』に參加してきました。

慈眼寺駅の近くで開催された『第3囘 めんめいろマルシェ』に參加してきました。

『めんめいろマルシェ』

http://menmeiro.com

スピリットナンバーの書(カバラ數秘術)で出店させていただきました。

カバラ數秘術の凄さを、あらためて感じた日になりました。

新しい人との出逢いもあり、おかげさまで素敵な一日になりました。

梅の花2018

昨日から、だいぶ暖かくなってきました。

14時すぎ、一人で散歩に出かけました。

散歩の途中、梅の花がふと目にとまりました。

 

iPhoneを取り出し、撮影しました。

 

「今年の冬は43年生きてきて、人生で一番寒い冬だったかもしれない。

寒い冬を越えて、今年も梅の花をこうして見ることができてありがたい。」

そう想いました。

 

西郷隆盛先生の漢詩の一節『耐雪梅花麗』が今日も頭に浮かびます。

 

耐雪梅花麗  雪に耐えて梅花麗し ゆきにたえてばいかうるわし

厳しい雪に耐えてこそ、可憐に匂い立つ梅の花は美しく咲く

 

わたしが今暮らしている集落は『梅山』。

自治會長さんから直接教えていただいたのですが、

梅山には昔、島津のお屋敷があり、梅がたくさん植えたれていたそうです。

これからここの梅山で、美しい梅の花を見ることができると想います。

そして次は櫻。

樂しみです。

 

明日は、慈眼寺駅の近くで開催される『第3囘 めんめいろマルシェ』に參加してきます。

『めんめいろマルシェ』 http://menmeiro.com

カバラ數秘術で出店します。

10:30〜15:00です。

よろしければ、遊びにいらしてください。

 

 

宇宙船のような『ふくれ菓子』

今日のシロと櫻島。櫻島には雪が積もっておりました。

 

明日はバレンタインデーということで、妻が鹿児島の郷土菓子である『ふくれ菓子』を作ってくれました。ココア味で黒砂糖を使って作ったそうです。表面にはミカンの皮が乗っていました。小さなマイ焙煎機を使って焙煎した、自家焙煎コーヒーといっしょに、おいしくいただきました。鹿児島では、近所の物産館やスーパーなどで、店頭に並んでいるふくれ菓子を見かけます。昨年、妻が初め作った『ふくれ菓子』をいただいて、感動したことが思い出されます。今日のふくれ菓子はよく見ると宇宙船のようだと思いました。

 

 

『白銀坂』は古代の國境

2016年から暮らしている姶良市脇元には、

日本の史跡である『白銀坂』があります。

ここの坂は古代では「薩摩國」と「大隅國」との國境だったのだそうです。

わたしは薩摩半島の南『穎娃町』で育ったので大隅半島、古代でいえば、大隅國は遠い感じがしていました。

姶良市に移住してきて、大隅が身近に感じられるようになりました。

ここで暮らしていると大隅産のお野菜が店頭に並んでいることも多いですし、車で45分ほど走れば大隅半島の福山町くらいまでは、フェリーを使わなくても行くことができます。

『古代の國境の辺りに暮らしている』

このことをあらためて觀じていると、

マヤの叡智で、わたしの銀河の署名が

『白い宇宙の世界の橋渡し』

であることが、頭に浮かびました。

「宇宙と地球の橋渡し的な役割をさせていただける場所で暮らし始めたのだな。」

そう想いました。

姶良市脇元は、自然が豐かで素敵なところです。

『古代の國境』であった白銀坂の近くで暮らしていることに意味を感じた日でした。

シロのマフラー

昨日は昨年、最も印象に殘った曲について書きましたが、

今日は、ちょうど一年前に書いた書が印象深い作品でしたので、アップいたします。

 

『SHIRO 12years old winter シロ 12歳の冬』 2017.2.11

マフラーの色以外はすべて一筆書きで書いたことが思い出されます。

 

今日のシロ。

朝の8時前に、お野菜を育てている畑で撮影しました。

狙って撮影したわけではないのですが、上の作品と、この写真のシロが似た表情をしているので、ちょっとびっくりです。

さすがに、マフラーは新しいものに変わりました。

今は2種類付けています。

シロはマフラーが好きみたいです。

 

 

フジファブリックの『若者のすべて』

今日は1997年にロンドンで結成されたというロックバンド『コールドプレイ』の曲を聴いて感動した日でした。

曲を聴いて感動したといえば、昨年の夏、特に印象に殘っている曲があります。

ここ最近の中で、わたしに最も感動を与えてくださった曲。

それは、昨年の夏、妻といっしょに車の中、ラジオから偶然流れてきた曲でした。

 

 

~最後の花火に今年もなったな

何年経っても思い出してしまうな~

 

日本のロックバンド、フジファブリックの『若者のすべて』という曲でした。

最初、ユニコーンっぽい曲だなと思ったんですが、ユニコーンとはまた違う魅力があると感じました。

曲が終わり、素敵な、美しい、素晴らしい曲だったなー。と想い、すぐにiPhoneを取り出し、フジファブリックについて調べてみました。

なんと、この曲を書いた『志村正彦』さんという方は、すでに若くで他界されていることが判明。2009年のクリスマスイブの日に29歳で他界されていました。

ユニコーンの奥田民生さんとも交流があったようでした。

志村正彦さんのお顔をweb上で拝見すると、音樂雑誌で見たことがありました。

でも、フジファブリックの曲は全然聴いたことがありませんでした。

 

數日経ち、iPhoneで、この『若者のすべて』をいつでも聴けるようにしました。

『フジファブリック 若者のすべて』のリリースが2007年11月7日。

うちの母の誕生日の日。

10年ほど前に、こんな素晴らしい曲が作られていたなんて。

 

~最後の花火に今年もなったな

何年経っても思い出してしまうな~

 

本当に素晴らしい曲。

泣ける。

涙が出る。

優しいし、ものすごい情熱。

情熱の薔薇。

ロックンロール。

 

志村正彦さん、そしてフジファブリックのメンバーのみなさん、本当に素晴らしい曲を創り、そして殘してくださり、感謝しています。

ありがとうございます。

 

 

初めていっしょに暮らした犬

先日、ここのブログで、子どもの頃の感覺を思い出しているということを書きました。

(写真の一番右がわたし。隣が妹の桜です)

小学生の頃、生き物が大好きでした。飼育係もしましたし、図書館では椋鳩十先生の本が好きで讀んでいた記憶があります。

現在暮らしている姶良市には『椋鳩十文學記念館』があり、うれしいな、ありがたいなと思っています。

子どもの時に、家で飼っていた犬の影響は特に大きいです。父がどこかで拾ってきた『ポチ』というメスの雑種犬。

生まれて初めて、いっしょに暮らした犬なのですが、緣側の床下で、ポチが赤ちゃんを産んだときの衝撃は今でもよく覺えています。生まれたばかりの犬の赤ちゃんはとても小さくて、かわいくて夢中になりました。

ポチの赤ちゃんの父親は多分、どこからか、うちに勝手に入っていた犬です。まさか拾われてきたポチが赤ちゃんを産むなんて想像もできませんでした。

子どもの時に、自宅で犬の赤ちゃんに立ち逢えたことは素晴らしいギフトだったと思います。

今でも14歳になったラブラドール・レトリバーのシロといっしょに暮らしていますが、昔もそして今でも、犬からたくさんの喜びと笑いとしあわせをいただいています。

ありがとうございます。

姶良市からの霧島連山

2014年に姶良市に移住してきて、5年目に入りました。姶良市から霧島連山が見えるということを知ったのは、移住してからのことです。現在暮らしている梅山集落の近くにある重富漁港から、霧島連山を望むことができます。この写真にも高千穂峰と思われる山が写っていますが、雪が積もっているのが、はっきりとわかります。

わたしが育った故郷の穎娃町は、開聞岳をとても美しく眺めることのできるところですが、今現在、暮らしている姶良市では櫻島や霧島連山を眺めることができ、ありがたいです。

鹿児島の美しい山々に、わたしはたくさんの力をいただいてきました。山を書や繪にすることは、わたしの喜びです。

姶良市の『山田の凱旋門』と、パリの『エトワール凱旋門』

朝は少し雪が降りましたが、お昼からポカポカ陽氣になったということもあり、妻とシロといっしょに初めて、姶良市の山田地区を訪れました。車で20分くらいで到着しました。

山田地区にある山田橋で記念撮影。

山田地区といえば『山田の凱旋門』が有名です。まず、ここを目当てに行きました。山田の凱旋門のパンフレットにはこう書いています。

 

~この凱旋門は明治37.8年の日露戰争に、当時の山田村から従軍したら人たの無事な帰還を記念して、明治39年(1906)3月に山田村兵事會が建設したものです~

~石造りの凱旋門は、鹿児島が誇るアーチ式の石橋技術を応用したものであり、全國的にも大変珍しい貴重な文化財です~

 

フランスのパリの象徴的な建造物に『エトワール凱旋門』がありますが、ここで氣付いたことがありました。ウィキペディアを讀むと、エトワール凱旋門の着工が1806年。山田の凱旋門の建設が1906年とあり、ちょうど100年違いでした。

大きさは、全然違います。山田の凱旋門の高さ4.7m、幅4.9m。エトワール凱旋門が高さ50m、45mでした。

エトワール凱旋門は大きいんだなー。

ちなみに、昔、鹿児島市のいづろ通には高さ13m、幅9mの凱旋門があったそうですが、1945年に空襲で燒失してしまったそうです。

 

ブログを書いている途中で、妻が

「パリに凱旋門があるよね。」

とたまたま言ったことで、

「そういえば、そうだね!」

となって、

ありがたい氣付きをいただき、

繋がった姶良市の凱旋門とフランスの凱旋門。

現在、暮らしている姶良市からフランスに想いを寄せた夜になりました。

 

 

『あいらびゅーFM』に初出演した日

『あいらびゅーFM』に初出演させていただきました。

あいらびゅーFM
http://airafm.jp

氣學のご緣で、2014年に姶良市に移住してきました。見知らぬ土地でした。家探しから始まり、あてもなく、「重富」というキーワードを頼りに、原付バイクで探し、おかげさまで姶良市平松の「山野」という集落に見つけることができました。

あれから一度の引越しを経て、今は姶良市脇元の『梅山』という集落で暮らしていますが、こうして地域のラジオ番組に出演できることに喜びを感じました。ありがたかったです。

姶良市で暮らし始めて4年ほど経ち、昨年、姶良市には映画館が生まれ、ラジオ局も生まれました。

想像もしていなかったことですが、映画も音樂も大好きなので、うれしく想っています。

ラジオの収録は19時から30分ほどの生放送でしたが、びっくりするほど早く終了時閒がきました。それだけ、とても樂しかったんです。ラジオは樂しい。あらためてそう想いました。

 

 

最後にラジオパーソナリティーの上栫祐典さんと記念撮影。

いっしょに來てくれた妻が撮影してくれました。

上栫祐典さんがオープニングで、敬愛する布袋寅泰さんの『RADIO!RADIO!RADIO!』をかけてくださり、感激しました。

 

布袋寅泰さんは、わたしが中學生の時にギターを持つきっかけを与えてくださったギタリストです。

ちなみに、わたしも布袋寅泰さんと同じ寅年生まれです。

今囘、ラジオに出演させていただき、音楽の、ロックンロールの素晴らしさをあらためて感じた日になりました。

あいらびゅーFMのスタッフのみなさま、そして上栫祐典さん、お世話になりました。

ありがとうございます。

 

 

 

『あいらびゅーFM』に初出演いたします。

今日は近所のイオンタウン姶良にある『あいらびゅーFM』に自転車で行ってきました。おかげさまで、2017年4月に開局したコミュニティFM放送局『あいらびゅーFM』の初出演が決まりました。鹿児島市内にも、電波が届くところがあるそうです。姶良市のお友だちはもちろん、鹿児島市内の友だちにもラジオを聴いてもらったらうれしいな。2018年1月30日(火)の19時から出演予定となっております。今まで、テレビやラジオで歌を歌わせていただきましたが、ラジオに出演させていただけることは、わたしの喜びです。どうぞよろしくお願いいたします。

2017年を振り返る

今年もあと2時閒ほどとなりました。今年は書の作品を、今までで一番多く生み出せた年となりました。みなさまに作品を直に見ていただける日を樂しみにしています。音樂は、MBCラジオに出演させていただいたり、4月には、お祭りで同じ日にライブ演奏をハシゴしたこともありました。農ある暮らしは、初めてオクラの種を自家採種できたことが、印象に殘っています。今年は映画をたくさん観た年でした。そして、2014年から暮らしている姶良市に映画館ができたことがうれしかったです。自宅近くに映画館ができたことが、映画をますます好きにさせていると想います。『ローグ・ワン』『ラ・ラ・ランド』『ブレードランナー2049』など印象深いです。何より愛する妻と共に元氣で暮らせていることが本当にありがたいことだと想っています。來年もハナサカブログをどうぞよろしくお願いいたします。

石谷町の『Tella Cafe』

妻と鹿児島市石谷町にある『Tella Cafe』というカフェに初めて來ました。今年の8月にオープンしたうです。店内に書かれているメニューは妻のお友達のイラストレーターの前田陽子さんが書かれたそうです。お陰樣で、しあわせな時閒をすごさせていただきました。

食養道と畑仕事で、ますます良くなる

今日から2017年も10月に入りました。

いつものように朝、シロと散歩をしました。

そして記念撮影です。

 

姶良市にお引越ししてきたのが、2014年の6月でした。

姶良市平松で2年閒暮らし、

昨年の今日の日に、

姶良市平松から姶良市脇元にお引越ししてきました。

今住んでいるところは、

『梅山』という集落で、昔はこの辺りに島津のお屋敷があったそうです。

家の近くには『剣の平』という山があり、この時期は月と剣の平とコンビネーションが美しいです。

梅山での暮らしも今日でちょうど一年。

お陰樣で、ここでの暮らしもだいぶ慣れてきました。

 

マクロビオティックの創始者『桜沢如一』さんが出版された一冊の本があります。

昭和15年初版のロングセラー、英・仏語版など諸外国でも愛讀されているという『食養人生讀本』です。

この本を、最近讀み返しています。

いつ頃、この本を買ったのか覺えていないのですが、

今讀んでも、新しい発見があって樂しく讀ませていただいています。

『若杉ばあちゃん』でおなじみの、

若杉友子さんは本の中でこう書かれています。

〜この陰陽の考え方の源にあるのが、「食養」。またの名を「正食」、最近では「マクロビオティック」と呼ばれている〜

わたしは最近、「食養」というお言葉が好きです。

今朝、食養道というフレーズを思いつきました。

『食養道』の實踐が、最近とても樂しいです。

畑仕事も樂しいです。

これからますます樂しみです。

 

海を身近に感じて

今日は魚座満月の日。夕方、近所の重富漁港を散歩していると、多くの釣り人がいました。潮が良かったのかもしれません。イカを釣り上げている方も見かけました。海に満月独特の雰囲氣を感じました。わたしは子どもの時から海を身近に感じて生きてきました。29歳の時に始めて体験したサーフィンの感動は今でもよく覺えています。子どもの時に、じいちゃんに教わった釣りも大好きでした。最近は釣りもサーフィンもしなくなりました。でも樂しそうに釣りをしている人を眺めているだけで、ほっこりした、しあわせな氣持ちになるのでした。

重富のトンボ

重富では、いろいろなトンボを見ることができます。夏には日本最大のトンボとして知られる「オニヤンマ」らしきトンボ見かけたことがありました。大きいので飛ぶ音も姿も迫力があります。最近は赤とんぼを見かけるようになりました。いろいろなトンボを見られる環境がありがたいです。今日は『長月に赤とんぼ』と書きました。筆の上の方を持って書きました。明日は満月ですね。

犬と敬天愛人

今朝、妻がシロが仲良くしているところを眺めていると、

今日の書のフレーズが浮かびました。

『犬の

いは

いっしょの

い』

シロは現在13歳で、來年の1月には14歳になります。

去年あたりから耳が聞こえなくなり、体力の衰えも急に感じるようになりました。

歳は取って体力は落ちたけど、

シロの一つ一つの行動がより味わい深くなりました。

そしてよく笑わせてくれます。

シロがいることで、いろんな喜びとしあわせを感じます。

犬は人にとって、

本当にうれしい樂しいしあわせな存在。

犬は笑いを生んでくれる。

そして優しい。

西郷隆盛先生にはツンという愛犬がいたそうですが、

犬は敬天愛人が似合うと想います。

 

犬がこの地球にいてくれることが、

本当にうれしいです。

感謝いっぱい。

ありがとうございます。

 

大好きな湧水町について

今日は『ピーナッツ』を書きました。今朝、妻が重富の物産館で買ってきたピーナッツを見ながら書きました。ピーナッツの繪と文字は2本の筆を使い分けて書きました。書いた後に、このピーナッツを茹でていただいたら、おいしかったー。旬のものはやっぱりおいしいですね。

 

昨日は湧水町にある霧島アートの森に行ってきました。中に入るとお世話になっている大寺聡さんの講演会のポスターが貼っていました。

湧水町の公園でくつろぎ、いきいきセンターくりの郷という温泉に入って帰ったのですが、訪れるたびに湧水町がどんどん好きになっています。相性がいいのか、行くと心からホッとするし、リフレッシュします。故郷の穎娃町からは100kmほどの距離があり、けっこう遠いので、以前はあまり行くことのなかった湧水町でしたが、2014年から姶良市に住み始めて湧水町がだいぶ近くなり、身近な町になりました。湧水町は水が良くて、自然が豐かな素晴らしいところで、わたしのオススメの町です。お友だちも住んでいる鹿児島の湧水町。また行きたいと思います。

 

シェラカップのサラダ

宇宙一の妻が、シェラカップにトマトとレタスを盛り付けてくれました。お昼に霧島市の物産館で購入したお野菜です。さっそく自然豐かな公園で、妻とお弁当と番茶もいっしょにいただきました。大好きなアウトドアの道具に、こうして新鮮なサラダを盛り付けて、お野菜をいただけることにしあわせを感じました。

 

今日は七十二候の『禾乃登 こくものすなわちみのる』の日でしたので、書かせていただきました。これから収穫の秋ですね。樂しみです。

 

NHK大河ドラマ『西郷どん』の撮影に參加させていただきました。

今日から9月に入りました。

『すばらしい人生』と書きました。

カタカムナも入れました。

 

先日、2018年放送予定のNHK大河ドラマ『西郷どん』の撮影に參加してきました。

もし出るとしたら第2話みたいです。

氣付いてくれましたら、うれしいです。

 

鹿児島で生まれ、育ち、

今もこうして鹿児島にいること、

ご先祖樣のこと、両親のこと、宇宙一の妻のこと、

そして、

小學一年生のときに出逢った書の道を、

今もこうして歩んでいることなど、

42年の、今までの人生を振り返ることもできました。

今までの人生で経験したこと、

すべてに意味があるし、

すべてに感謝です。

鹿児島に生まれて良かったです。

感謝いっぱい。

ありがとうございます。

 

ラジオ体操の歌

最近、朝6時半から始まるラジオ体操を樂しむことが日課になっています。

長く愛用しているソニーの小型ラジオを持參して、

ランニング途中、いろんな場所で一人、ラジオ体操を樂しんでいます。

ラジオ体操が始まる前にかかる『ラジオ体操の歌』。

子どもの時から、ラジオでかかっていたなじみの歌なのですが、

ラジオを聴きながら歌っていると、歌詞をちゃんと知らないことが判明。

インターネットで歌詞を調べて、今日は『ラジオ體操の歌』の1番を書きました。

 

ラジオ體の歌

新しい朝が來た

希望の朝だ

喜びに胸を開け

大空あおげ

ラジオの声に

健やかな胸を

この香る風に開けよ

それ 一 二 三

 

あらためて素敵な歌だなー。

と想いました。

元氣の出る歌ですね。

今朝、さっそくギターコードを付けて、歌ってみました。

今度、どこかで歌ってみようかなと想っています。

 

夏の青空

今日は『蒼天』を書きました。

青い空。

青い海。

青い山。

青い地球。

子どもの頃から青色が大好きでした。

2013年の8月には大隅の「雄川の瀧」で青龍に出逢いました。

この時のブログ記事は

こちら

素晴らしい思い出です。

夕方、日の入りが早くなったと感じました。

秋が近づいているんですね。

 

櫻島と宇宙船

昨日の夕方、暮らしている姶良市で、

櫻島上空に浮かぶクラウドシップを見ました。

この写真はiPhoneで撮影しました。

妻といっしょでした。

大きかったし、ものすごい存在感でした。

どんどん形が変わっていく姿に感動しました。

クラウドシップから、エネルギーをビンビンに感じました。

 

今日は『宇宙船』を書きました。

昨日の感動がまだ殘っております。

UFO、宇宙船、スペースシップ、クラウドシップのことを想うとワクワクします。

ワクワクキラキラです。

これからの地球がますます樂しみです。

 

愛2017 妻の誕生日に

今日は妻の誕生日でした。『愛』を書きました。今までの人生で「愛」という字はたくさん書いてきました。そしてこの書がわたしの最新の『愛』の書です。妻と出逢ったのが2009年。結婚したのが2011年。妻といっしょに生きることができて、しあわせです。日常に愛と奇跡があふれているし、感謝いっぱいです。いつもありがとうございます。

つくつく法師が鳴く頃に

今年の夏は、いつになくセミの声がわたしの心に届いてきます。

あたらめてセミの鳴き声もいろいろなんだなと。

夕方に、つくつく法師の鳴き声を聞いたと妻が車の中で教えてくれました。

秋が近づいてきているんですね。

この地球で、いろんなセミの鳴き声を聴くことができるだけでも、豐かだなって想います。

今日は『熊蟬 油蟬 つくつく法師』を書きました。

この順序が、言葉の響きが良いなと想ったんです。

クマゼミ

アブラゼミ

ツクツクボウシ

こうしたて書いてみると、

4文字、5文字、6文字の順序で並んでますね。

 

先ほど故郷の穎娃町に來ました。

お墓參りをして、93歳のタキばあちゃんに逢いにきました。

妻とシロといっしょに会話が彈んでおります。

しあわせです。

 

石垣商店街

お盆ですね。

わたしは鹿児島県南九州市の、

穎娃町の石垣商店街で育ちました。

上記の写真は、うちのタキばあちゃん93歳です。

子ども頃に住んでいた家は借家で、

ばあちゃんの後ろに写っている「柳鮮魚店」が目の前の家でした。

田舎とはいえ、商店街なのでわたしが子どもの頃はけっこうにぎやかなところでした。

現在は農ある暮らしを實踐し、お野菜を使っていますが、

子どもの頃は、商店街で育ち、

うちも商賣をしていたので、

『農』とはかけ離れた環境でした。

穎娃町を離れ、

現在はご緣あって姶良市に住んでおりますが、

2002年より穎娃町で始めた『農ある暮らし』が、

わたしにとってかけがえのないものになりました。

今年中に姶良市の重富でカフェをオープン予定なのですが、

農ある暮らしをしながら、

商店をすることになりそうなので、

今までの人生の、すべての出來事は繋がっているのだなと想います。

 

今日は『盆』を書きました。

穎娃町の石垣商店街で、

今でも元氣に商賣の仕事をしているタキばあちゃんに、

近いうちに逢いに行こうと想っています。

 

殘暑お見舞い申し上げます2017

ブログを讀んでくださっているみなさまへ。

殘暑お見舞い申し上げます。

どうぞご自愛くださいませ。

 

書を書き終えて、歩いて近くの重富漁港へ行きました。

今日の櫻島です。

ここ數日、朝晩は涼しく感じていましたが、また暑くなりました。

雨が降る前なのか、蒸し暑いです。

 

今日はあらためて、學びがありました。

今朝、自然農で育てている畑に立ちました。

昨日、草を刈ったところを見ると、元氣が無くなっているお野菜がありました。

草を刈る前は元氣でした。

草と仲良く共存していたのしょうね。

暑い夏こそ、水分も補い合い、いろいろと助け合っていたのかもしれません。

『草を刈り過ぎないこと』

その時々の見極め、大事ですね。

あらためて、草を刈りすぎないようにしないといけないなと想いました。

お野菜も、草など他のなかまと助け合いながら、共存して生きると成長が良いのでしょうね。

わたしも日々、たくさんのおかげさまで生かされております。

いつもありがとうございます。

 

セミについて

今日は七十二候の『寒蟬鳴(ひぐらしなく)』の日でした。夜に『寒蟬鳴』を書きました。セミの漢字は旧字體で書いています。蟬という漢字を書いたこともあり、今日はセミについて少しインターネットで調べたのですが、日本には30種類ほどのセミがいるんだそうですね。知らなかったー。ビックリでした。わたしは今まで、數種類しか見たことないです。よく見かけるのは「アブラゼミ」と「クマゼミ」です。子どもの時は昆虫が好きだったので、セミ取りをしたこともありました。アブラゼミやクマゼミよりも、小さいセミを見つけて感激したこともありました。今年の夏は、作っているピーマンの葉っぱに、セミの抜け殻が付いていて、驚きました。初めての経験でした。今はこうしてインターネットを使って、セミの種類など、すぐに調べることもができるようになりました。今度、名前の知らないセミに出逢ったら、iPhoneを取り出して、その場でセミの種類を調べてみようかな。まだ出逢ったことのないセミに、地球のどこかで出逢えたら、うれしいな。樂しみです。

故郷のご緣、そして今のご緣に感謝

プランターで育てているオクラです。

今朝、今年初めてのオクラの収穫をしました。

一個の貴重なオクラを、妻と二人で、分けていただきました。

姶良市は、雨が降ったり止んだりの天氣になりました。

 

今日は8月9日。

昨日のブログにも書きましたが、

妻と出逢った日です。

2009年のことでした。

場所は鹿児島市の黎明館。

後々に妻のお父さんが、わたしと同じ穎娃町の出身ということがわかったり、

妻のお父さんのお父さんが、

わたしが小學生の時に、

書道の練習などで利用していた穎娃町の『別府公民館』の館長をされていて、

お世話になっていたことが判明したりと、

樣々なありがたいご緣を感じました。

 

今日は草書體で『緣』を書きました。

自分では想像もできないほどの、

ありがたいご緣が、

わたしを豐かにしてくださっているのだと想います。

わたしたち家族が今、姶良市に住んでいるのも、ご緣です。

ご緣に感謝して、これからもますますうれしい、樂しい、しあわせな人生をおくっていきたいと想います。

 

昨日のブログに書きましたが、

個人宅用の掛軸に書かせていただいた『敬天愛人』の書。

本日、頼んでくださった方に、手渡しいたしました。

喜んでくださったようで、本当にうれしかったです。

これからも、みなさまに喜んでいただける書を書いていきたいです。

いつもありがとうございます。

 

立秋2017

今朝、シロとランニング途中に重富漁港に寄りました。

 

船が一隻もありませんでした。

台風に備えてのことだったのだと思います。

 

今日は二十四節氣では『立秋』で、

七十二候では『涼風至』の日でした。

本日書かせていただいた書はこちらです。

 

3本の筆を使い分けて、書かせていただきました。

 

台風5号は過ぎ去り、今日は晴れて、また暑くなりました。

暦の上では立秋。

暑くても、秋は近づいているんですね。

 

明日は8月8日。

昨年の8月8日に今の住まいのご緣をいただきました。

場所はチチビスコでした。

今年中には、今の住まいに付いていたギャラリーでカフェをオープン予定です。

ここでもすでにお知らせさせていただきましたが、名前は決まっています。

 

『梅山ギャラクシー』です。

上記の写真で、シロといっしょに写っている建物です。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

今日は久しぶりにデジタルカメラで写真を撮影したので、

久しぶりにパソコンでブログを書きました。

最近はiPhoneを使って、ブログを書くことが多いですが、氣分転換になりました。

いつもありがとうございます。